【アテネ14日=三須一紀】新型コロナウイルスの感染拡大を受け、東京オリンピック(五輪)の延期論や中止論が出る中、大会関係者は冷静な視点で情勢を見極めている。ある組織委幹部は「延期が一番大変で現実的でない」と漏らすほど、障壁は高い。空中戦のごとく臆測が飛び交う中、大会関係者たちはさまざまな課題点を洗い出していた。

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この日、アテネから帰国した組織委の武藤敏郎事務総長は、国際オリンピック委員会(IOC)との関係を「我々は『ワン・ボイス』だ」と強調し、予定通り計画を進める方針をあらためて示した。この表向きな発言の裏で、組織委幹部らは危機管理として延期、中止、無観客も想定し始めている。

多くの幹部が口をそろえるのが「延期は困難だ」という点。中でも大会関係施設の再確保が非現実的だ。メインプレスセンター、国際放送センターが置かれる東京ビッグサイト(江東区)は、東京大会による借り上げで「展示場不足」が問題視された。首都屈指の大型展示場をさらに1年もしくは2年後に再び借り受けるとなれば、業界関係者だけでなく、世論の批判を浴びる恐れがある。当然、展示予定の事業者には、膨大な補償料も発生する。

晴海の選手村(中央区)は大会後に改修し、23棟のマンション約5600戸として売り出す。既に販売済みの物件がいくつもあり、23年3月に入居が始まる予定。居住中の住居を売りに出す購入者もいる中で、組織委関係者は「五輪の延期で予定通り晴海に住めないとなったらこれも補償問題になってくる」と語った。

延期の場合、人件費も重くのしかかる。大会組織委員会の職員数は年初時点で3000人を超えている。大会本番が近づき1年間、半年間という短期でも職員を採用してきた。ある組織委幹部は「延期でも解雇するわけにはいかないだろう」と指摘。予定外の人件費が一気に膨らむ。

3000人超のうち、約3割と大所帯の都職員も派遣元に帰れず、今後の経歴や昇進に影響が出る。国、地方自治体から来ている職員も同じだ。

募集した約8万人の大会ボランティア、3万人超の都市ボランティアも延期となれば、日程を空けておける保証もなくなる。となれば満足な人数が確保できない恐れもある。

組織委6300億円の予算のうち、900億円を見込むチケット収入。無観客や中止なら、これがゼロになる。また、中止となれば五輪が放送できず、「IOC負担金」として組織委の収入となる予定の850億円も減額される可能性がある。関係者によると組織委に1000億円超の損失が出るという。

IOC本体も、ただでは済まない。収入の約8割が膨大な放送権料だ。米放送大手NBCが、14年ソチ冬季五輪から32年夏季五輪までの10大会を総額120億ドル(約1兆2600億円)で取得したほど、巨額な収入源。中止となれば、その分の放送権料を失う可能性がある。

IOC内の「政治」も開催判断の重要な鍵になる。来年、IOCの会長選挙があり「バッハ会長にとっても五輪が開催できなければ次の選挙で再選できない恐れもある。IOCの現体制は是が非でも、通常開催をしたいはずだ」(組織委幹部)。

実際、ギリシャ・オリンピアで行われた採火式の際、組織委幹部とIOC幹部が接触した際、通常開催への準備遂行を念押しされ、延期や中止の話は一切出なかったという。