ブリトニー・スピアーズが、現地時間2日深夜にロサンゼルスのセレブご用達ホテル「シャトー・マーモント」で、下着だけを身に着けた裸の上にブランケットを羽織り、裸足で歩く姿がパパラッチされて話題となっています。

負傷者がいるとの通報で救急車がホテルに駆け付ける騒ぎがあり、その際に涙目のスピアーズがホテルから出てくる様子が撮影されたもの。交際がうわさされる元家政夫のポール・リチャード・ソリズ氏と大げんかしたとの報道もありますが、本人は「足首をひねっただけ」と否定。救急隊員が部屋の前に不法で現れ、中には入ってこなかったものの嫌がらせだと感じたとSNSで批判しています。

その後、自身のボディーガードに付き添われて自宅に戻ったスピアーズは、腫れた足首の動画を公開して実母が一連の騒ぎを企てた首謀者だと非難。「半年も話をしていないのに、この件が報道される前に電話をかけてきた。彼女の仕業。我慢できない」などと不満をぶちまけています。

ブリトニー・スピアーズ(ロイター)
ブリトニー・スピアーズ(ロイター)

スピアーズは、メンタルヘルスを理由に実父によって12年間にわたって私生活や仕事、資産を管理される成年後見人制度下にいましたが、2021年11月に解除され、晴れて自由の身に。その後、サム・アスガリと再婚もしましたが、昨夏にスピアーズの不倫を疑ったことが原因で破局。3度目の離婚で精神的なサポートを失い、メンタル面の不安が再び心配されていました。

今回の騒動で、精神状態が再び悪化? との声もありますが、スピアーズのこれまでの奇行をプレーバックします。

■パーティーガールとして連日メディアを席巻

16歳で「ベイビー・ワン・モア・タイム」をリリースしてデビューしたスピアーズは、瞬く間にトップアイドルとなり、ジャスティン・ティンバーレイクとの交際など私生活もメディアの格好のネタに。

2000年代初めは、パーティーガールとして名をはせ、パリス・ヒルトンやリンジー・ローハンらセレブ仲間と連日派手な夜遊びを繰り返し、パパラッチに追い回される日々を過ごします。のちに、この時のパーティーで覚醒作用のある薬物「アンフェタミン」を使っていたことも明かしています。

■55時間で離婚

自身の浮気が原因でティンバーレイクと破局したスピアーズは、04年に幼なじみの男性とラスベガスで酔っぱらった勢いで電撃結婚。しかし、酔いがさめてすぐに婚姻無効を申請し、わずか55時間で離婚して世間を驚かせました。その後、バックダンサーだったケビン・フェダーラインと知り合い、交際をスタート。スピード結婚で、2児の母になります。

■丸坊主事件にパパラッチ襲撃も

04年に結婚したフェダーラインと2年ほどで離婚したスピアーズは、精神不安定な状態となり、07年に離婚が成立すると数々の奇行で世間を騒がせます。ヘアサロンで突然、バリカンを手に笑顔で自らの頭を丸刈りにする姿が報じられ、世間に衝撃を与えました。その後も、自身を追い回すパパラッチに激怒し、傘を振り回して車を襲撃。さらに、パパラッチに取り囲まれる中、駐車場で無免許の末の当て逃げ事件を起こし、警察沙汰にもなっています。その後、家族や関係者の説得でリハビリ施設に入所し、薬物依存症の治療を受けることとなりました。

■子どもの引き渡しを拒否して警察が出動

08年には親権を失った2人の息子と面会中に、夫に引き渡すことを拒否。自宅に警察が出動する騒ぎとなりました。その後、精神状態の不安から緊急搬送され、自身または他人に危害を加える可能性があるとして精神病棟に入院。その後、裁判所によって父親が成年後見人として選出され、仕事から買い物、外出、交際など人生すべてを管理されるようになりました。

■SNSでヌードを連投

08年から続いた後見人制度から解放されたスピアーズは、ミュージックビデオの撮影で出会ったパーソナル・トレーナーのアスガリと結婚。エルトン・ジョンとのコラボ曲もリリースしてカムバックも果たすなど幸せな生活を送っていたのも束の間、SNSに半裸や全裸写真を連投する行為が始まります。大事な部分を腕などで隠しただけの一糸まとわずのきわどい姿を披露する母に、元夫と暮らす2人の息子たちは面会を拒むようになります。包丁を振り回しながらきわどい衣装で踊る動画を投稿し、ファンを心配させたこともあります。

■回顧録ではティンバーレイクとの秘密を暴露

昨年10月に発売した回顧録「The Women In Me」では、ティンバーレイクとの交際時に子どもを妊娠するも、中絶を求められたことを赤裸々に告白。誰にも知られないよう経口中絶薬を服用して自宅で中絶したことや、携帯メールで一方的に別れを告げられたことなどを暴露し、賛否を呼びました。

【千歳香奈子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「ハリウッド直送便」)